2021年10月02日

怪文書

はい、こんばんわ。
もう朝ですね、10月ですね、こんな時間に書く文章がまともなはずないでしょ早く画面とじなさい、外が明るい、不毛だっつってんだろ。
働いて疲れて酒飲んで寝る前に考え事して鬱になってるときにタイピングなんてするもんじゃないよ、後で自分で見返して後悔するか記事を消したりするんだぜ、きっと。あーあ、知らないよ。

Web拍手もいただいてますね、いつもありがとうございます。

>きらきらきらー
はいはい、もう七夕は終わったでしょ。


---診察の時間ですよー。

Q.VTuberの中身を知りたい?
A.いいや、それは野暮だね。それに知ったとしてどうするのさ? 影がちらついて楽しめなくなるだろう?

Q.じゃあ何で知るに至ったんだ?
A.引退しなかったら知ろうと思わなかっただろうね。知ろうとしたのは寂しかったから。好きだった。好きだから知りたいと思った。

Q.好きだと知りたくなるのか?
A.どうもそうみたい。さっきは知るのは野暮ったいとか言ってたくせに。

Q.引退すると知りたくなるのか?
A.どんな感情が根底にあるか分かんないけど、結果的にそうなってる感じ。ただ、種明かしをしたいという感情が根底にあるわけではない。

Q.引退して好きだと知りたくなるのか?
A.多分そう、今のところコレがしっくりくる。お別れしたくないという思いがあった。

Q.中身を知ってどう感じた?
A.中身を知ることで思い出に僅かに違和感を覚えるようになったかもしれない。中身の影がちらつくというか… これは心の器用さが足りないだけかもしれない。

Q.中身を知って、その後を知ってどう感じた?
A.元気そうな姿を見て少し安心した。

Q.思い出に影を差すのと引き換えに安心を得たいのか?
A.そうしたいと思ったわけではないが、結果的にそうなった。


---少し込み入った質問もしてみましょうか。

Q.初配信を見て何を感じた?
A.願わくば「あの頃はあのころで楽しかったね」なんて、思い出を共有したいと思った。それが叶わないことが寂しい。

Q.思い出を共有できないということについて、別人であるという感情を持ったのか?
A.そういうわけではない。だが、少しそう感じてしまうところがある。

Q.全く見知らぬ人に好意を持っているのか?
A.それも違う。面影を重ねている。が、よく分からない。延長戦でもない。

Q.妥協なのか?
A.その言い方には少し腹が立つ。リスペクトが足りない。

Q.じゃあ何だ?  同じ景色を見ているのか? 違う景色を見ているのか? その好意はどこから来ているのか?
A.同じ景色ではない。違う景色ではあるが、面影があり、好意を持っている。その好意は、今後共有できるかすら分からない(配信側の裁量による…と思う)過去に過ごした時間から来ている。

Q.通じ合ってる… ということを期待しているのか?
A.期待していない。それに過去の活動ドメインはVTuberに限らない。でも、過去に過ごした時間を前提として楽しむ余地があるところだとは思う。


----少し距離を置いた質問にしましょう。

Q.お前はショックを受けた時、どうやってそれを受け入れた?
A.時間が経つのを待つしかなかった。それにより喜びも悲しみも体に馴染んでいった気がした。ただ、これは慣れによるものと捉えている。そして、どんな感情も慣れによって過去に流されることについては寂しさを感じる。

Q.…ちょっと待て、慣れによって何かを解決しようとしてるのか? 
A.一瞬、それが頭を過った。が、それは違うとここまでのやり取りで整理できた。慣れによって解決しようとしているのは過去の思い出に影が差す違和感。だが、これは過去に過ごした時間として受け入れていくものだ(…こういう整理をするのが初めてなので自分の中の落としどころとして正しいのか分からないが、今のところはこの考え方が腑に落ちる)。

Q.この感情を引きづりたいのか?
A.違う。向き合って整理したい。

Q.好きという感情は整理して語るものではないのでは?
A.そうかもしれない。だが、holypanel は部分的に物事を整理して好きになっていることがある。例えば、VTuberの新しさ(人っぽい何かであること、望まれて生まれていること)、分人の考え方にわくわくした。もちろん、単純に感性(かっこいい、かわいい、きれい)で好きになった部分もある。


----その他、個別に訊きたいことを訊いておきます。

Q.あなたが逆の立場だったらどんな気持ちになっているだろう。
A.過去は過去で楽しかった。それを許される限り醸し出しながらも(なぜなら、その時間を過ごしてきた私なのだから)、新しく楽しみたい。

Q.最初のツイートを見てどう思った?
A.目の前で配信があったのは素直に喜ばしい。初めて、あのツイートを見た時に少しの不安は感じつつも喜びが大きかった。


配信をしたいと思って配信しているのだ。今、改めて、配信しているのだ。であれば、一緒に楽しむのがholypanelが感情的にも論理的にも納得するところじゃないだろうか。

holypanel at 05:49│Comments(1) 日記 

この記事へのコメント

1. Posted by ホーリーパネル   2022年10月20日 00:39
そういえば自分の記事に自分でコメントを(誰かに返信するという形を除いて)投稿するのはブログを運営していて初めてかもしれない。
1年前の僕へ、元気ですか、私は仕事が忙しいけど元気です。

受け入れて楽しんでるよ。
「受け入れた」というと受け入れるために何かしらの努力をしたような書きっぷりに見えちゃうかもしれないけど、そんなことは無くて、自然に。
面影は忘れず、それでも新しい景色として、そんな不思議な感じです。

「楽しければいいじゃない」という思い込みを刷り込ませたわけでもなくこうなったんだから不思議です。
あなたは思ったより器用というか素直というか、そんな感じだったみたいです、もうちょっと自信持ってもいいんじゃない? 知らんけど。

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